令和時代~(2019~)
さて昭和時代に離乳を初めて学問的に共同研究し作成した「離乳基本案」1958年(昭和33年)に始まり現在まで、「離乳の基本」1980年(昭和55年)、「改定・離乳の基本」1995年(平成7年)、「授乳・離乳の支援ガイド」2007年(平成19年)、「授乳・離乳の支援ガイド(2019年改定版)」2019年(令和元年)の5つの離乳指針が出されている。この指針を中心とした戦後の小児保健活動の成果は目覚ましく現在の、乳児死亡率は世界の中でも最も低い国のひとつである。
しかしながら栄養に関する健康問題は現在も抱えている。とりわけ乳児期における鉄欠乏性貧血症、ビタミンD欠乏症(くる病)、食物アレルギーの発症予防は大きな課題である。
まずは、その中でも世界的に問題となっている鉄欠乏性貧血を今回はとりあげ、続いて次回以降に今日注目されているビタミンD欠乏症(くる病)や現在研究が精力的に行われている食物アレルギーについて述べたいと思う。
1)鉄欠乏性貧血
まずはWHOが訴える「最初の1000日の栄養」の重要性について説明する。
「最初の1000日」とは、受精から2歳までの期間を指す。
この期間は、脳や体の発育が最も早い時期であり、適切な栄養摂取が将来の健康と発達に極めて重要な影響を
与えることが科学的に証明されている。
WHO(世界保健機関)は、この最初の1000日間の栄養について、以下の点を強く訴えている。
1. 脳や体の発育に不可欠
この期間は、脳細胞が急激に増加し、神経回路が形成される重要な時期である。
適切な栄養が不足すると、脳の発達に悪影響を及ぼし、学習能力や記憶力、IQの低下などに繋がる可能性がある。
また、体の成長にも重要な役割を果たし、身長や体重、筋力、免疫力の発達に影響を与える。
2. 将来の健康リスクを低減
この期間に栄養不良になると、肥満、糖尿病、心臓病などの慢性疾患にかかりやすくなる。
感染症にかかりやすくなったり、精神的な問題を抱えやすくなったりするリスクも高い。
3. 不可逆的なダメージの可能性
この期間の栄養不足は、脳や体の発達に 不可逆的なダメージを与える可能性がある。
つまり、一度失われたものを取り戻すことは難しい。
【乳幼児期の鉄欠乏】
乳児の鉄欠乏は、古くから日本1)ばかりでなく海外でも問題視されてきた。さらに鉄欠乏は小児ばかりでなく各年代にみられ世界的にも最も頻度の高い微量元素欠乏でもある2)。1990年から2010年の期間における鉄欠乏性貧血の有病率に関する187か国のデータ分析によれば、貧血の有病率は2010年時点で全世界の32.9%を占め、その原因として鉄欠乏性貧血が多い3)。しかし各年代で減少傾向にあるものの、5歳未満の乳幼児では減少がみられず有病率が最も高い年齢層であるため予防が課題となっている(図1)。なぜなら鉄欠乏は短期的にも長期的にも神経発達に影響を及ぼし、生後6~24か月の鉄欠乏は知能低下、処理速度の低下、注意・運動・認知・行動面の機能低下、睡眠覚醒リズムの乱れに関連すること、さらに鉄欠乏性貧血までに至った場合には、十分な鉄剤補給を行ってもこれらの脳機能障害の一部は改善しないことが明らかになっているからである。
図 1 5歳未満の鉄欠乏貧血:有病率上位32か国および下位30か国
Nicholas J Kassebaum et al: A systematic analysis of global anemia burden from 1990 to 2010.blood 123(5):615-624.2014
[鉄欠乏を生じやすい時期]
小児が鉄欠乏になりやすい時期は
①胎児期~新生児
②生後4か月~24か月
③思春期である。
この中で①と②が今回のテーマに関わる時期となる。
①胎児期~新生児期
原因は、母体の鉄欠乏、早産、母体妊娠合併症であるので、これらの予防が大切となる。新生児は妊娠後期に母体から移行した鉄により造血できるが、それでまかなえるのは生後4~6か月まである。それ以降は十分な鉄を供給しないと鉄欠乏に陥る。乳児期は生涯で最も急速な成長を遂げる時期であるため、十分な鉄分摂取が必要である4)。
②-a:生後4~5か月児
この時期に乳汁から十分な鉄を供給しないと不足する可能性がある。しかし母乳に含まれる鉄分は乳児用調製粉乳(以後「育児用ミルク」)に比べ少ない(表1)。鉄の吸収率が育児用ミルク10%程度に対し母乳では50%前後と高いことを考慮しても母乳育児の場合には鉄欠乏を生じる可能性がある。
②-b:6か月~離乳完了期(12~18か月)
母乳栄養児の生後6か月時点での4か国の鉄欠乏の研究をまとめた報告では、鉄欠乏性貧血(鉄欠乏)はスウェーデン2%(6%)、メキシコ4%(17%)、ホンジュラス5-11%(13-25%)、ガーナ8-16%(12-37%)であった5)。
ところで日本の小児の貧血有病率を報告した研究は少ないとされるが、生後6~8か月児における貧血有病率は8%、鉄剤による治療に反応し鉄欠乏性貧血と考えられたのが4%であったとの報告6)や生後6か月の時点で母乳栄養児は鉄欠乏の傾向にあり、鉄欠乏性貧血においては、母乳栄養児で8.8%、混合栄養児で3.0%との報告7)がある。「授乳・離乳の支援ガイド(2019年改定版)」8)でも母乳育児の場合は生後6か月の時点で鉄欠乏を生じやすいと記されている。
以上より、まずは生後6か月時点で鉄欠乏が生じないような対策が望まれる。
一方、母乳栄養で鉄を強化した離乳食を与えていない場合、生後9か月で鉄欠乏性貧血がアルゼンチンで27.3%,
ホンジュラスで27.3%との報告9)10)や「鉄欠乏性貧血は乳児期後期(離乳期)に好発する」(日本人の食事摂取基準2020版 以後:食事摂取基準2020)ことから離乳期での対応は重要である。
[母乳育児と離乳]
生後5~6か月頃は離乳開始時期になり、摂取量も使用可能な食品の種類も少ないため鉄の十分な供給が期待できない時期11)である。その後次第に使用可能な食品の種類や量が増えるが、乳児の摂取量把握は難しいため、今回は「授乳・離乳の支援ガイド(2019年改定版」」8)の指針を基に筆者が試作した献立から提供可能な鉄分量の推察を試みた(表2)。今回の試作からは離乳初期と中期は母乳と離乳食だけでは鉄分は十分でなく、満たせたのは離乳完了期のみであった。
表2.母乳と離乳食から得られる鉄分(試算)
②-c:離乳完了後~生後24か月
「離乳の完了①は母乳または育児用ミルクを飲んでいない状態を意味するものではない」8)とされているが、離乳完了時点で母乳育児の場合に、離乳が順調に進んでいない、体重増加が思わしくない、夜泣きがある、頻繁に母乳を求める等がみられる場合には、鉄欠乏の可能性がある。
[今後の課題]
米国小児科学会栄養委員会は鉄欠乏予防のため母乳栄養児、混合栄養児には成熟児でも生後4か月から1mg/kg/dayの鉄を補給することを推奨している。これは鉄欠乏による発達への影響を考慮しているためで、離乳食から鉄が十分に摂取できるようになるまで持続することを勧めている。また米国には離乳初期から鉄を強化し必要量を十分に満たせる市販の離乳食(米国製)があるが日本製はまだ少ない。さらに米国小児科学会は1歳の時点で鉄欠乏性貧血のスクリーニングとしてヘモグロビン濃度の測定および鉄欠乏のリスクファクターの評価を行うことを推奨しているが、日本ではこのような機会がない状況13)である。
以上より鉄欠乏の予防には以下の対策が必要と考えられる。
・スクリーニング実施の検討
・鉄剤(シロップ等)内服の検討
・離乳開始時期の検討
表3
離乳開始時期は以前の指針では「満5か月になった頃が適当である」とされていたが「授乳・離乳の支援ガイド」(平成19年)へ移行後、生後5~6か月頃と変更となった。しかし鉄欠乏予防の点からは、生後5か月から離乳を開始し、生後6か月には離乳食の量・質ともある程度摂取していることが望ましい。現況では離乳開始が以前より遅くなり生後6か月開始の割合が最多との報告がある。鉄欠乏予防の点からは検討の余地があるだろう。
以上より、
・離乳初期の段階から鉄を強化した市販並びに手作りの離乳食の開発と提供
・離乳初期から鉄を多く含む食品が以前のように使用可能になれば鉄強化が可能となる。
・鉄強化食品(鉄強化のベビーフード・強化米・パン等)の利用
・鉄鍋調理導入の検討
鉄製調理器具を離乳食調理時に用いた場合、調理方法により鉄含量が1.4倍~19倍に増加したとの報告15)
があるので今後のさらなる研究開発が期待される。
土壌や葉面から鉄分を吸収させ鉄の含有量を増やした米、野菜等の農作物が生産されている。吸収しやすい2価鉄を吸い上げているので活用が期待される。
・育児用ミルクの利用
「6か月~18か月の時期については、特に貧血の有無と程度を監視し、必要に応じて乳児用
調製粉乳などを用いて鉄の補給をすべき」と「食事摂取基準2020」に記載されている。さらに現行の離乳指針である「授乳・離乳の支援ガイド(2019年改定版」」8)には、過度と思えるほど育児ミルクの離乳食への利用を推奨している。果たしてそれは好ましい事であろうか。確かに育児用ミルクには鉄分が多く含まれているので離乳食に利用することで鉄分を供給できる。しかし鉄欠乏を予防できる量を本来液体にして乳汁として飲ませるミルクを利用して離乳食に添加することは好ましいであろうか。
そこで離乳食に使用するミルク量を検討した結果は下記である。方法は母乳と一般の離乳食から供給できる鉄分量(表2)を差し引いてどの程度添加すれば鉄欠乏を予防できるか検討した。なお育児用ミルク(粉)に含まれる鉄分は「日本食品標準成分表2015年版(七訂)・2019年データ更新」の値を用いた。その結果は次の通りである。
推定平均必要量②に届くには
初期45g/日、
中期20g/日、
推奨量③に届くには
初期60~70g/日、
中期35~40g/日、
後期5~12g/日
の育児用ミルク(粉)が必要である14)。
この結果を検証すると離乳初期(1回/日)に、45g~70gという多量の育児用ミルクを献立に利用するのは不可能である。一方、中期(2回/日)では育児用ミルクを1日に20~40g、1回に10~20gの量で充分なので使用は可能である。しかし毎回育児用ミルクを離乳食に使用することは「様々な食品の味を学習する離乳期」には好ましくない。また育児用ミルクは、鉄のサプリメントではなく母乳の代替品である。鉄の他に様々な栄養素やエネルギーを含んでいるので、それらの過剰摂取につながらないか検討する必要がある。さらに離乳初期や中期に多くの育児用ミルクを与えることで母乳の哺乳量減少が生じないかの検証も必要である。そのうえ「離乳は普通の食生活に移行する重要な道程であり、鉄だけのためにいつまでの調製粉乳依存の食生活を続けるべきでない」15)との指摘もある。したがって育児用ミルクを鉄欠乏の予防に使用する場合には、頼り過ぎず、上記に配慮しつつ適宜活用するとよいと考える。
以上より離乳期には鉄欠乏予防のためには、スクリーニングの実施、鉄剤(シロップ等)内服、離乳開始時期の検討、離乳初期の段階から鉄を強化した市販並びに手作りの離乳食の開発と提供、鉄強化食品(鉄強化のベビーフード・強化米・パン等)の利用、鉄鍋調理導入の検討、鉄を強化した農作物の利用、育児用ミルクの適量利用などの周知による多面的な支援が必要である。
【脚注】
① 1日3回の離乳食と1~2回の間食(補食)
形あるものを歯茎でかみ潰すことが出来る
エネルギーや栄養素の80%程度が食事から摂取できる
栄養の大部分を乳汁以外の食物から摂取できるようになる
②推定平均必要量(estimated average requirement: EAR)
特定の集団を対象として測定された必要量から、性・年齢階級別に日本人の必要量の平均値を推定した。当該性・年齢階級に属する人々の50%が必要量を満たすと推定される1日の摂取量である。
③推奨量(recommended dietary allowance: RDA)
ある性・年齢階級に属する人々のほとんど(97~98%)が1日の必要量を満たすと推定される1日の摂取量である。原則として「推定平均必要量+標準偏差の2倍(2SD)」とした。
④貧血の予防や治療を目的にして、乳児に鉄サプリメント(鉄として5〜30 mg/日)を投与した場合の健康障害(成長の抑制又は胃腸症状)の発生については一定した結果が得られていない 。このため、乳児に関して鉄の摂取量と健康障害との関連を明確にすることは困難と判断し、耐容上限量の設定を見合わせた(食事摂取基準 2020)。
【引用・参考文献】
1)渡邊次夫・浅井 泰博・小山 慎郎、2002、「乳幼児における鉄欠乏性貧血の有病率」、日本公衛誌49(4):344-351。
2)今村栄一、1981、「離乳の基本」医歯薬出版、147-156
3) Kassebaum,Nicholas J,Rashmi Jasrasaria,Mohsen Naghavi,Sarah K Wulf,Nicole Johns,Rafael Lozano,Mathilda Regan,David Weatherall,David P Chou,Thomas P Eisele,Seth R Flaxman,Rachel L Pullan,Simon J Brooker,Christopher and J L Murray.2014.: “A systematic analysis of global anemia burden from 1990 to 2010.” blood 123(5):615-624.
4)ルウェリン、C.サイラッド、S、2019、『人生で一番大事な最初の1000日の食事』、
(須川綾子訳、上田玲子監修)、ダイヤモンド社。
5) Yang ,Zhenyu , Bo Lönnerdal, Seth Adu-Afarwuah, Kenneth H Brown, Camila M Chaparro, Roberta J Cohen, Magnus Domellöf, Olle Hernell, Anna Lartey, and Kathryn G Dewey.2009.: “Prevalence and predictors of iron deficiency in fully breastfed infants at 6 mo of age: comparison of data from 6 studies.” Am J Clin Nur 89:1433-1440.
6)Hokama T. 1994.: “A study of the iron requirement in infants, using changes in total body iron determined by hemoglobin, serum ferritin and bodyweight”. Acta Pediatr Jpn 36: 153-5.
7) Isomura Haruhiko ,Hidemi Takimoto, Fumihiro Miura, Shigetaka Kitazawa, Toshio Takeuchi, Kazuo Itabashi, and Noriko Kato.2011.:“Type of milk feeding affects hematological parameters and serum lipid profile in Japanese infants.” J Pediatr 53(6):807-13.
8)厚生労働省子ども家庭局母子保健課、2019、「離乳授乳の支援ガイド」、https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_04250.html(2022年12月2日アクセス)
9)Calvo EB, A C Galindo, and N B Aspres.2001.: “Iron status in exclusively breast-fed infants”.Pediatrics90:375-379.
10)Domellöf ,M., R J Cohen,K G Dewey,O Hernell,L L Rivera, and B Lönnerdal.2001.: “Iron supplementation of breast-fed Honduran and Swedish infants from 4 to 9 months of age.” J Pediatr 138:679-687.
11)工藤紀子、2020、『小児科医が教える 離乳食はつくらなくてもいいんです』、時事通信社、 542-771。
12)渡邊次夫・浅井 泰博・小山 慎郎、2002、「乳幼児における鉄欠乏性貧血の有病率」、日本公衛誌49(4):344-351。
13)厚生労働省、2020,「日本人の食事摂取基準2020版」、
https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586553.pdf(2022年12月2日アクセス)
14)上田玲子、2021、「母乳育児と鉄欠乏は関連するか」、『チャイルドヘルス』、第24巻、2号 24-28。
15)今村栄一、1981、「離乳の基本」医歯薬出版、147-156
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