1990年(平成2年)乳幼児身体発育調査1)によれば、体重、胸囲、頭囲は乳児期および幼児期前期でやや減少傾向、幼児期後期でやや上昇傾向を示した。肥満に関しては、乳幼児の肥満は良性肥満として学齢期の肥満と区別されるようになった。食物アレルギーは、早すぎる離乳開始やアトピー性皮膚炎との関連が論じられる一方で極端な食物除去の弊害が指摘されるようになった。
離乳では、「離乳の基本」の発表から15年がたち、社会情勢の変動や乳児栄養およびこれに関連する分野での新しい知見が見られたため「改定・離乳の基本」が1995年(平成7年)に発表された2)。改定の背景は、
①児側の変化:少子化現象、低出生体重児等の生存が可能となり零歳児保育が増加(表 4)
②生活環境の変化:核家族の増加、育児情報の氾濫、育児不安の増加、女性の高学齢化、母親の就業率の増加、生活の多様化、女性の食意識の変化(調理ずみ食品の使用、外食の増加など)
③栄養面での変化:乳幼児所要量の改定(特にたんぱく質所要量の減少)、小児栄養学、生理学に関する研究の進歩、フォローアップミルクの出現、種々のベビーフード製品の開発3)
④健康上の課題:鉄欠乏症をめぐる問題、そしゃくに関する研究、食物アレルギーへの配慮、母子相互作用と完了時期への配慮。
などである。
さらに2007年(平成19年)には「授乳・離乳の支援ガイド」が発表された4)。これは「改定・離乳の基本」が発表されて12年がたち親子を取り巻く環境が大きく変化したためである。少子化、都市化、核家族化、高度情報化の進む中、多様化した価値観、生活様式のもとで母子は孤立し育児に関する不安の増大、負担感、困難感が虐待の増加をもたらした。このため子育て支援は社会の重要課題となった。その支援の中で子どもの食事・栄養は命の保証に関わり、さらに成長ならびに健康増進に最も深く関わっている。特に生後1、2年の授乳・離乳について丁寧な支援が求められる。このため、子どもにかかわる保健医療従事者が離乳だけでなく授乳に関しても望ましい支援のあり方を共有する目的で作成された。
その後科学的知見の集積、母親の就業状況の変化、さらなる少子化傾向、母子保健施策の充実など、授乳・離乳を取り巻く社会環境の変化が見られたことから、2019年に改定が行われ現在も使用されているのが「授乳・離乳の支援ガイド(2019年改定版)」である5)。
①「離乳基本案」1958年(昭和33年)
②「離乳の基本」1980年(昭和55年)
③「改定・離乳の基本」1995年(平成7年)
④「授乳・離乳の支援ガイド」2007年(平成19年)
⑤「授乳・離乳の支援ガイド(2019年改定版)」2019年(令和元年)
の5つの指針(表 5、表 6、表 7)を比較検討する。
離乳開始時期の目安は、指針発表の年代順に
①満5か月頃
②満5か月頃
③およそ生後5か月頃
④生後5か月、6か月頃
⑤生後5~6か月頃
としており、開始時期の目安が次第に遅くなってきていることが見て取れる。(表 5)。
また完了時期においても、指針発表の年代順に
①1歳
②1歳
③12~15か月(遅くとも18か月)
④12~15か月(遅くとも18か月)
⑤12~18か月
となっておりこれも遅くなってきている(表 6)。
ここから、5つの指針における離乳開始時期と、離乳完了時期の違い並びに開始食の内容について検討を行う。
完了時期に関しては、当初の指針①②では1歳であった完了の目安が、現在の指針⑤では18か月(1歳半)と遅くなっている。これは、完了の目安を第一乳臼歯の生える頃としたためである。しかし、1歳半の時点で20~30%の子どもはまだ第一乳臼歯が生えていない6)。このことから、それを目安にするのではなく、摂食機能の点を重視し、前歯で噛み切り、歯ぐきでつぶすことができるようになる12~15か月が妥当とも考えられる。
離乳食開始時期に関しても①②③では生後5か月頃を目安としていたが④の指針では生後5,6か月頃と遅くなった。この④の指針が発表された時期には乳児の食物アレルギーと離乳開始時期が問題とされており食物アレルギー発症予防のために遅い離乳開始が推奨されていた。さらに乳児の3大アレルゲン(鶏卵、牛乳・乳製品、小麦)を含む食品摂取も遅らせて与えた方がよいという見解が主流であった。このことが背景にあり離乳開始が遅めに設定されたと推定される。しかし現在はこの考え方は否定されており、早い離乳開始並びに食物アレルギーを生じやすい食品の早期摂食開始が発症予防になることが証明されてい7)。
開始食も以前は、炭水化物の米がゆ以外にも卵黄や豆腐、白身魚などたんぱく質性食品も含まれていたが④の指針以降現在の⑤の指針まで米がゆのみとなっている。これは鉄欠乏症予防の点から問題である。さすがに現在使用されている⑤の指針には「卵黄は、アレルギーに対する最近の知見を反映し離乳初期より開始となった」と記載されているが、最近の知見とは、食べ物を離乳期においては開始後には与える食品の種類を遅らせることなく早く与えれば食物アレルギーになりにくいという研究結果である8)。さらに現在の指針⑤の食品の進め方は鉄欠乏症予防の点から十分でない。現在の指針⑤では「米のつぶしがゆ」を離乳食用スプーン1杯から開始し4~5日で順次量を増やし次に野菜を同様に与え、問題がなければ豆腐、白身魚、そして固ゆで卵黄の順で進めるように導いている。しかしこれでは鉄の補給が期待できる卵黄や赤身魚肉を与えられるようになるまで開始後1か月以上かかる。離乳開始時期の目安を⑤の指針では生後5~6か月としているために、生後6か月で離乳開始した乳児の場合には鉄の供給は生後6か月の時点に期待できない。鉄欠乏症は正常成熟児の場合でも生後6か月時時点でみられることがある7)ため、生後5か月中には離乳食を開始することが望ましい。したがって離乳開始を生後5か月とし、離乳初期で鉄0.4~0.8mg、離乳中期に1.2~1.3mg、離乳後期2.0~2.7㎎、離乳完了期2.8~3.3mgの鉄の供給を考慮した③「改定・離乳の基本」1995年(平成7年)の離乳の進め方目安が望ましいと思われる。しかし、この場合、乳児期は膵リパーゼ活性が低く脂肪の分解吸収が不十分なので、脂質の摂取量が多くなり過ぎないよう赤身肉など脂肪の少ない部位を選択するなどの食品の選び方や、茹でる、蒸すなどの調理法を採用する必要はあるだろう。
以上より、乳児における食物アレルギーならびに鉄欠乏性貧血の発症予防に関しては、現在の離乳食指針「授乳・離乳の支援ガイド(2019年改定版)」で示されている離乳開始時期、開始時に与える食品の進め方は再検討が望まれる9)。さらに離乳完了時期も生後12か月~18か月としている点は再検討が望まれる。なぜなら現在の離乳食指針では、離乳完了の目安を第一乳臼歯の生える時期としているが、咀嚼機能の点から、前歯で噛み切り、歯ぐきでつぶすことができるようになる生後12~15か月にするのが妥当と考えられるからである。
【引用・参考文献】
1)政府の統計窓口e-Stat、「乳幼児身体発育調査 昭和35年、昭和45年、昭和55年、平成2年、平成12年、平成22年の調査結果(平均値比較)」
(2022年11月27日アクセス)。
2)厚生省児童家庭局母子保健課長通知、1995、「改定 離乳の基本」、
http://8140.web.fc2.com/img/rinyuu.pdf
(2022年11月27日アクセス)。
3)日本べビーフード協会、2022、『日本におけるベビーフード市場の変遷』、
(2022年11月27日アクセス)。
4)厚生労働省子ども家庭局母子保健課、2007、「離乳授乳の支援ガイド」、
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/03/dl/s0314-17.pdf
(2022年12月2日アクセス)。
5)厚生労働省子ども家庭局母子保健課、2019、「離乳授乳の支援ガイド」、
(2022年12月2日アクセス)。
6)弘中祥司、2022、「周産期の栄養-小児科編Q&A」『周産期医学』、第52号、355。
7)海老澤元宏、伊藤浩明、今井孝成、大嶋勇成、大矢幸弘、近藤康人、藤澤隆夫、山田佳之、鈴木慎太郎、中村陽一、福富友馬、山口正雄、大久保公裕、相原道子、矢上晶子、2020、『食物アレルギーの診療の手引き2020』、代表者海老澤元宏、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)
(2022年12月16日アクセス)
8)Haruhiko Isomura, Hidemi Takimoto, Fumihiro Miura, Shigetaka Kitazawa, Toshio Takeuchi, Kazuo Itabashi, and Noriko Kato. 2011.“Type of milk feeding affects hematological parameters and serum lipid profile in Japanese infants.” J Pediatr 53(6):807-13.
9)上田玲子、2022、「周産期の栄養-小児科編Q&A 、生後何か月から離乳食が必要ですか?」
『周産期医学』、第52号、355。
表 6 離乳開始食
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